COFFEE BREAK神ニ(じんに)なヒト

[ヨゴロウ] 店主 西 暢央さん

原宿や新国立競技場にも近い都会なのに、どこかローカルな雰囲気が漂うのが渋谷区「神宮前二丁目」。このエリアで活躍する人々を取材していくのが連載「神二(じんに)なヒト」。今回はカレー屋ひしめく“神二”の名店のひとつ、「ヨゴロウ」の店主・西 暢央(にし まさちか)さん。「ヨゴロウ」の店名の理由もお聞きしました。

渋谷区 神宮前二丁目に 生きる人々

ファッションの世界からカレーなる転身

神宮前二丁目界隈は、ファッション業界で働く人も多いエリア。この街のカレー好きの空腹を満たし続けているのが「ヨゴロウ」だ。2009年に開店、時代とともにそこに吸い寄せられる客を増やし、現在ではこのエリアの人々だけでなく、全国のカレーファン、そして海外からの観光客たちも行列を作る”神二”を代表する飲食店のひとつとなっている。

店主の西さんは実は飲食店で働いたことのない、いわば飲食店の素人だった。その元の職業は、このエリアならではとも言えるファッションマガジンのライター。90年代から2000年代初頭にかけて絶大な人気を誇ったストリートファッション誌『Boon』のライターとして活躍していた。

「大学4年の時に知り合いのスタイリストから紹介してもらって、シューズの撮影などのお手伝いからスタートしました。時給ではなく、ギャラをいただく形だったのですが、当時は雑誌も売れていたのでギャラも良くて。企画の立案、商品のリース、撮影立ち会い、そして原稿まで全部やりました。結局21歳から33歳まで続けてしまいましたね」

しかし30代も間近になってきた頃、これからもファッション業界に携わっていくか悩み始めたという。

「年下キャラでやってた頃は気楽で楽しかったんですが、段々後輩のライターも増えてきて、ちゃんとしなくちゃいけないなあって。もともとファッションに対して志が高かったわけでもなかったので、何か小さいお店でも始めようかと考え始めていました。性格的に、どこかの会社に勤めるのは向かないと分かっていたし」

店名「ヨゴロウ」の理由

西さんは漠然と「小さなお店」の構想を始めるが、最初はカレーではなく、カフェのようなものをやろうと考えていたという。それが次第に「釜飯屋」の構想にスライドし、店名も祖父の名前であった「ヨゴロウ」に辿り着く。そう、カレー屋にしては何とも不思議な「ヨゴロウ」という店名は、実は和風の飲食店の構想からそのまま引き継がれたのだ。

「釜飯だったら仕込みをきちんとすれば、修行をしなくても大丈夫そうだなと考えたんです。でも、物件も決まり、夜にこの辺を歩いてみたところ、全然人が歩いていなかった。釜飯は夜がメインの想定だったので、ここでは難しいなと。そこで相談したのが同じエリアで『金魚鉢』という人気の定食屋をやっていて、この物件も探してくれたオーナーの方でした。『気楽にやりなよ、カレーとかでもいいんじゃない?』と言ってくれ て、カレーの方向になりました」

今の時代、飲食店を始める人は、ラーメン好きがあちこちの店を巡った上でラーメン屋を始めたり、カレースパイスを研究した人がカレー屋を始めるケースが多いが、西さんは飲食業で働いた経験もなく、特に大のカレー好きというわけでもなかったという。それなのにオープン当初から現在に至るまで、「ほとんどメニューが変わっていない」というのだから、西さんの料理感覚には驚かされる。

「試行錯誤は続けたのですが、それは1年くらい営業しながら徐々に、という感じでした。最初は自信もなかったので、知らない人に店に来ていただくのが怖くて、看板も出さずに営業しました。その名残が続いて今も看板がないのですが(笑)。ライター時代からの友人たちに来てもらって、ああでもない、こうでもないと意見をもらいながら、作り方や味を調整して行ったんです」

オープン当初に「ヨゴロウ」に足を運んでいたのが、西さんがライター時代に培った人脈。つまりファッション関係者だった。2009年当時はこのエリアにあまり多くの飲食店はなかったため、セレクトショップのスタッフなどが「社食」のように昼時は集まったという。

自然体が生んだ行列

現在では「ヨゴロウ」にはランチ時になると多くの人が詰めかけるようになり、しばし行列になる光景は”神二”の名物ともなっている。カレーの種類は基本「チキン」、「ポーク」、「チーズ&エッグ」、「ビンディキーマ」、の4種類で、「ビンディキーマ」以外はベースのトマトかホウレン草を選ぶ方式。そこに半熟卵やチーズのトッピングが選べるようになっている。人気メニューは「チキンのホウレン草に卵トッピング」だが、連日のように通い詰める常連はトマトベースを選ぶ人が多いという。

これだけの人気店になった理由は、西さん自身は分からないというが、体感としては徐々に来店が増えていったという。

 「僕はSNSもやらないし、お店のホームページもないのですが、もしかするとそれが良かったのかもしれません。『ぜひ来てください』というウェルカムな感じがなかったことで、勝手に投稿が増えたりしたのかも。最初は並んでいることもあまり気にしていなかったのですが、近隣の方々に迷惑がかかっていることが分かって、少しルールを作らせていただきました。本来『並んでください』と言うのも、上から目線な気がしておこがましい気がしているんですけどね」

西さんという人の印象は、あくまで自然体だ。ライター時代も修行なし、そして飲食店を開業しても修行をすることなく成功させているが、無理をしないこの自然体な空気は店にも表れている。それでもここまでの人気店にしているのだから、人知れずのこだわりがあるのだろうと思って聞いてみた。

「こだわりはあまりないかも知れないですね。最初の頃より味のブレは無くなってきたとは思いますが。強いて言うなら、昔からの友達も多かったので、値段とボリュームのバランスにはこだわっていたと思いますが、最近は食材が日に日に高騰するので仕方なく値上げもしました」

西さんにこの”神二”エリアの魅力を聞いた。

 「原宿に近いのに、ローカルな風が吹いているところです。最初はこの辺にこだわりを持っていたわけではなく、自宅に近い川崎の方で店を探していたのですが、結果的に良かったと思います。だって最初に友達に来てもらって、いろいろ相談できなかったら、早々にへこたれていたかも知れません(笑)。近所でお店をやっている方とは仲良くさせてもらっていますし、ここでマイペースにお店を続けたいですね」

取材・文 : 武井幸久
Interview & Text by Yukihisa Takei [ HIGHVISION ]

撮影 : 高橋絵里奈
photo by Erina Takahashi

ヨゴロウYOGORO

東京都渋谷区神宮前 2-20-10 小松ビル1F
tel. 03-3746-9914
営業時間. 1:30 – 15:45 / 18:00 – 19:45( カレーがなくなり次第終了)
定休日. 日曜・祝日

西 暢央
西 暢央 Masachika Nishi

カレー屋「ヨゴロウ」店主。株式会社YOGORO 代表。1975年長崎県生まれ。大学在学中よりファッション誌の ライターとして活動を開始し、33歳までファッションの世 界で活躍。2009年に「ヨゴロウ」を開店。

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