墨絵アーティスト 菅原ありあと行く、掛軸制作の現場墨絵アーティスト 菅原ありあと行く、掛軸制作の現場

今回、掛軸の制作を依頼した表具店の2代目表具師さん(左)と

墨絵アーティスト 菅原ありあと行く、掛軸制作の現場

生産性や効率、新規性が重要視される社会のなかで、日本の伝統文化は、時代の波に乗り遅れた「過去のもの」とされ、忘れさられつつある。墨絵もその一つといえるかもしれない。RE/SAUCE Projectには、そういった伝統文化の価値を改めて現代の文脈で捉えなおそうとする目的がある。

2022年11月。プロジェクトのプロデューサー 加藤晴久(以下カトー)は、友人のすすめで墨絵アーティストの菅原ありあさんの個展に足を運んだ。作品に静かにたぎる生命力に惹き込まれたカトーは、当時、職人やアーティストの作品を通して交流を深める空間として構想を練りはじめていた拠(よりどころ)「すギ留」に、彼女の作品を飾ることを決意。
そこから2年の時を経てついに、その想いが実る時が来る。オープンの日が近づきつつあった2024年3月、改めてありあさんに作品をオーダー。今回、その制作が着々と進む現場を覗いた。

拠(よりどころ)にはカフェスペースも併設するため、コーヒー豆の木をテーマに依頼。RE/SAUCE Projectからのオーダーに、彼女らしい解釈を加えて応えてくれた。完成品は現地にて!

もともと作品は額に入れて展示することが多かったが、和紙の質感や墨絵の色彩など、もっと作品のディテールを感じ取ってもらえるようにしたいと思い、掛軸として展示する方法を探ることに。「おばあちゃん、おじいちゃんの家にある古いもの、というイメージが強いと思うんですけど、運びやすいし作品は痛みにくいし、和紙や墨のニュアンスもダイレクトに伝わりやすい。とても優秀なんです」とありあさん。

掛軸を作る布地には、繊細な光沢感と質感を備えたシルクを採用。作品を巻く軸棒の太さ、作品を保管する容れもの(たとう)のデザインなど、掛軸を作るすべての要素において、こだわり抜いている。「自分の部屋に飾りたくなるような掛軸を作りたかった」という。

本日(2024年9月8日)まで開催の個展「Black Water」で展示した小さな掛軸の制作も、同時に進行していた様子。ミニチュア作品など、もともと小さくてかわいらしいものが好きだという、ありあさん。もともとこのサイズの掛軸は存在しないので、素材はほとんど特注。通常サイズよりも繊細で緻密な作業が求められるため、見た目のかわいらしさとは裏腹に、制作はかなり大変だったようだ。

ありあさんのリクエストに一つひとつ確かな技術と柔軟な判断力で応える表具師さん。2代目として父から伝統を受け継ぎつつ、今回のありあさんとのコラボレーションのような、新しい取り組みにも積極的に挑戦していきたいという。

依頼を通して、掛軸の奥深い世界の一端に触れたありあさん。「一度、自分で作ってみようと思ったこともあったけど、考えなければいけないことが多すぎて、これは難しすぎる!と断念しました(笑)。素早さと正確さがどちらも求められるなか、確実に工程を重ねていくその技術に圧倒されます。これからも一緒にさまざまな作品を作っていきたいです」と次のステップへの期待を口にした。

完成した掛軸は、今秋オープン予定の拠「すギ留」内に展示。店内には掛軸のほか、伝統工芸師の作品を展示する予定。個展では見られなかった彼女の新たな作品を、ぜひ会場にて。

INFORMATION

処「すギ留」
処「すギ留」

RE/SAUCE Projectで紹介した職人やアーティストの作品を通して、人と人が交流を深めるための空間として、今秋オープン。作品の展示のほか、工芸品のワークショップなども開催予定。作り手の想いが詰まったこだわりの器で珈琲や甘酒を楽しめるカフェスペースも併設。
住所:東京都渋谷区神宮前2-24-4-1F

PROFILE

菅原ありあAlia SUGAWARA

札幌出身。アメリカの美術系の高校で木炭デッサンを学び、早稲田大学在学中より、フリーランスのグラフィックデザイナー・イラストレーターとして活動しながら、動植物の生態や人間の脳の発達といった自然科学を学ぶ。2021年から油絵やアクリル画を描き始め、2022年の初めから和紙と墨で描くように。2024年8月23日〜、自身にとってこれまでで最大規模となる個展「Black Water」を開催。掛軸や風炉先屏風、巻物などの伝統的な様式に落とし込む新たなプロセスを添加するなど、挑戦を続ける。

  • 撮影:Kana Tarumi
  • 取材:RE/SAUCE Project
  • 執筆:都恋堂