
CYDERHOUSE・岡本ユウジを紐解く6センス
第2弾は、古着の再構築をブランドとして行うCYDERHOUSE(サイダーハウス)のデザイナー、岡本ユウジさん。今や国内外からオーダーを受ける人気ブランドとなったCYDERHOUSE(サイダーハウス)を誕生させた彼はいかにしてものづくりに魅せられたのか。
1. ライダースジャケットに誘われて、デザイナーの世界へ
「服飾デザイナーになったきっかけは、ライダースジャケットにハマったことですかね。好きなパンクバンドのメンバーが着ている革ジャンがすごくかっこよかったんですよ。卒業後は高円寺のパンク屋でライダースの修理をしていたのですが、そこからさまざまな修理の依頼が舞い込むようになってきて。その都度、服飾に関して知識を身につけていったら、結果的にレザー製品のオーダーメイドまで受けられるようになりました」

2. MA-1の再構築が、ものづくりに向き合うきっかけに
「4、5年前から、ミリタリージャケットの1種であるMA-1を使った一点物作品の制作を始めました。古着のMA-1を解体して、ミシンや手縫いで再構築していったんです。1着10万円程度。生産数は決して多くないけど、もう一度ものづくりに向き合うきっかけになりました。僕はグラフィックでもコラージュでも切り貼りすることが多いし、ストリート感覚で再構築するのが、性に合っていたんだと思います」

3. 完成されたMA-1の再構築は、“大喜利”のようなもの
「MA-1は今やサイダーハウスを代表するアイテムですが、MA-1ってそもそもデザイン自体とても洗練されていて、洋服のデザインとして究極の形のひとつだと思うんです。それをどう崩すかというのは“大喜利”に近い感覚。でもこれが、MA-1を再構築することの魅力でもあります」

4. 意外な共通点が多い、民藝と裏原カルチャー
「民藝運動の中心人物である河井寛次郎さんのものづくりへの姿勢に深く共感しています。ある集団の中で、全員がコレクターとしてお互いを高め合っていくようなあの時代の感覚が、僕が愛してやまない裏原宿カルチャーとすごく通じるんですよね。民藝カルチャーの方たちも朝鮮の名もなき器とかに美を見出して『これやばくない?』って夜な夜な談義してたみたいですよ。民藝運動の中心にいた人たちは超早い“ストリートな感覚”を持っていたように僕は感じます」

5. 民藝に魅了され続けることで、深化するものづくり
「僕の出身は金沢なので、焼き物文化はそれなりに身近にありましたが、河井寛次郎さんの作品は、パンクやダダイズムなどと全く同じ衝撃でしたね。器を見て、こんなふうに感じたのは初めてです。京都にある河井寛次郎記念館には、何度足を運んだか分かりません。実際、民藝カルチャーや河井寛次郎さんの作品からは、僕のものづくりの部分に大きな影響を受けています」

6. 古着の山は、“宝の山”。ただそれだけ
「見た目が割と派手なので伝わりづらいかもしれないですが、服をつくる上で意識しているのが“渋さ”とのバランス。まさに民藝や河井寛次郎先生から学んだ部分ですね。新しいものをつくる上で、古いものを知ることは重要です。だから僕が古着と向き合う理由は環境問題への意識とは少し違うかもしれません。“宝の山”だと思っているんです」

(撮影:TAWARA、取材・執筆・コーディネーション:武井幸久)
再編集:都恋堂