
Inner Dialog byレトロリロン涼音vol.2〜変な休日〜
今回でコラムを書かせて頂くのは2回目になります。ありがたいです本当に。
皆様お元気でしたか?どうも、レトロリロンの涼音です。
さて、前回のコラムでは、僕の“変なこだわり”についてお話しさせて頂きました。
気になる方は、RE/SAUCE Magazineのweb版にも掲載されていますので、是非読んでみて下さい。では、今回もつらつらとお話させて頂こうかなと思います。
突然ですが、皆さんは“休日”をどのように過ごされますか?
パッと思いつくのは「外出」や「食事」もしくは「家でダラダラと過ごす」でしょうか。
あとは「一日中寝る」とかですかね。僕の休日も例に漏れず、今あげた内のいずれかを気分で選び、過ごしてきました。中でも、一番多いのは「外出」です。僕は幼い頃から人見知りで、独りでいるのが心地よく、大人になってからも休日は独りで過ごすことが有意義だと思って生きてきました。しかし最近、まとまったお休みを頂いたことをきっかけに自分のことを大きく勘違いしていた事に気づきます。
どうやら僕は「独りでいる」ことよりも「人といる」ことの方が好きだったみたいです。
これは未だに自分でも信じられないのですが、27年間ずっと勘違いをして生きてきました。ちょっと悔しい。と言っても、僕にとっての「人といる」ということは「誰かと会ってわいわい」みたいな意味合いではありません。もう少し正確に言語化するのであれば、「誰かの人生を見ていたい」が正しいのかもしれませんね。
ここまで言語化すると自分でも「ああ、なるほど」と腑に落ちます。
今まで無意識だったのですが、電車の中や横断歩道の待ち時間、カフェやレストラン、他にもありとあらゆる場所で、僕は人の話を聴いたり行動を見てしまいます。なんか危なっかしく聞こえるかもしれませんが、特に何かしようという訳ではないので悪しからず。笑
休日によく外出していた理由も今考えてみると、リフレッシュしたかった訳ではなく「誰かの人生を見にいく」ためだったみたいです。この事に気づくきっかけが何だったのかは思い出せないのですが、今は何故かそういう思考になっています。あ、もし機会があれば外出した時に、一度立ち止まって意識を全て外側に向けてみて下さい。当たり前ですが、人って本当に沢山います。そして、その一人一人顔も声も話し方も全て違います。昨今、外でも家でもみんな携帯ばかり見ながら過ごしていますが、案外面白いですよ。人間。僕は独りでいることが休息だと思って生きてきましたが、実はみんなの人生をお裾分けして貰うことが僕にとっての休息だったみたいです。
実際、そこからインスピレーションを得て曲になる!ということは無いんですけどね。笑
でも、そうして社会と触れ合うことで、僕の考え方や生き様は常に変わっていきます。
もしかしたら、僕とあなたも、知らないところで影響しあっているのかもしれませんね。
読んでくださり、ありがとうございました。また、お会いしましょう。