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Artisanal Minds
2025.02.20

「宇宙まで届く、循環力を強みに」非鉄金属の再生に託す希望

伝統的な技術を活かしながら、次世代のトレンドを創る挑戦を続ける職人の現場に迫る本連載。第1回目は、石川県金沢市の株式会社金森合金。約300年の歴史を持ち、江戸時代から代々受け継がれてきた伝統的な砂型鋳造技術によりものづくりを行う。砂物鋳造は、廃材となった非鉄金属を用いた鋳造技法。金属を溶かして金属を作る、まさに循環型ものづくりの先駆けとも言える。

今回RE/SAUCE Projectは、手塚治虫の代表作「鉄腕アトム」内のエピソードをもとに浦沢直樹がリメイクをした人気アニメ、『PLUTO』のロゴをモチーフにしたペンスタンドをプロデュースし、金森合金と共同して制作。ともにプロジェクトに挑んだ24代目当主の高下裕子(こうげ ひろこ)さんに、非鉄再生の未来を伺った。

300年続く鋳物会社の24代目は初の女性

国内外の観光客で賑わう石川県の金沢駅からクルマで10分ほどの場所に金森合金の工場兼本社はある。金森合金は江戸時代の1714年から300年以上続く鋳物業の老舗で、この本社工場も50年ほど前に金沢駅周辺の再開発に伴い移転し現在に至る。


このエリアは金沢市の準工業地帯に指定はされているものの、周囲にはニューファミリーの住宅も多数立ち並ぶ。令和にあって昭和感の残る工場建屋は周囲の風景から少しだけ浮いているようにも映った

金森合金の歴史はさらに古くまで遡ることができる。1611年に加賀藩の藩主・前田利長の施策で鋳物を産業として興す際に招集された“鋳物師七人衆”のひとりだったのが、先代にあたる金森弥右衛門。その直系である金森八郎右衛門が屋号“釜八”の禁裏鋳物師として鋳物商を創業した年を創業年としている。つまり少し解釈を広げれば400年近い歴史を持つ老舗なのだ。

“近代化された”とは言い難いこの工場で取材陣を出迎えてくれたのは金森合金の24代目、高下裕子さん。高下さんはこの歴史ある金森合金の24代目当主を担う女性だが、実は家業を継ぐつもりはまったくなかったという。


「24代目とは名乗っていますが、まだまだ“事業継承中”のモラトリアム期間です(笑)」と高下さん

「大学卒業後に東京の広告代理店に就職して、主にファッション関連のクライアントの営業を担当していました。親からも『家業を継いで欲しい』とは一度も言われたことはなくて、継ぐつもりもなかったのですが、結婚して夫と一緒にオーストラリアに移住して、日本に戻って来た時に家業を手伝うようになりました。」

鋳物業は古くは“女人禁制”の仕事ともされたため、約300年間、女性が当主を務めたことはなかったという。高下さんが7年ほど前に家業を継ぐまでの金森合金が製造していたのは100%産業用の製品。つまりBtoB中心で事業を行ってきたが、高下さんが合流してからは、BtoCの一般向け商品も開発するようになった。その中でヒットアイテムとなっているのが、フラワーアレンジメントで使う「針のない剣山」だ。

オリジナル製品を開発するに際し、高下さんは金森合金の始祖とも言える金森八郎右衛門の屋号“釜八”をKAMAHACHIとして復刻。当時の“釜八”が鍋釜などの日用品を製造していたこと、そして「加賀藩をものづくりで下支えする」という意味が込められた、加賀藩の菊菱の紋章を下から見上げた構図である“裏菊菱”の家紋をブランドロゴに取り入れた。

「工場の近くには新しい住宅も増えている中で、産業用のものづくりだけだと近隣の方々には『何を作っているのか分からない工場』と思われているかもしれないと感じました。金沢は昔から生け花が盛んで、人口比率に対して生け花に携わっている方が最も多い県ということで、最初は花に関連する製品を作ろうと考えました」

プロダクト開発メンバーと共同で生み出した「針のない剣山」は、通常は針山になっている部分が凹部になっていて、文字通り針に刺さずに花を生けることが可能になっている。石川県農業試験場との検証実験でも花を167%長持ちさせる効果が立証され、「針のない剣山」は令和2年度金沢かがやきブランド、第46回石川県デザイン展「工芸デザイン部門」九谷陶磁器商工業協同組合連合会理事長賞、第13回L I F E × D E S I G N ギフト・ショー春2023LIFE×DESIGN AWARD「ベスト工場賞」を受賞するなどし、メディアでも多数取り上げられた。


素材は青銅。コンパクトながら素材の重量感で安定し、銅イオンによる抗菌作用もあるため、生け花には最適な素材とも言える

江戸から続く金属再生の循環

「針のない剣山」に使われた青銅は、工場で産業用に作った製品の削り粉や廃盤となった製品、水道管のバルブ、銅の配線などの廃材を溶かして精錬し、砂型鋳造という江戸の昔からの技法によって鋳造されたもの。金属溶解、精錬から製造までを一貫して行うことが出来て、一点から中量生産まで出来るのが金森合金の“最大の強み”と高下さんは言う。


製法自体は江戸時代から大きく変わらないが、時代によって作るものは変わっている。「その“柔軟性”こそが金森合金が長年続いてきた理由だと思います」と高下さん

いわゆる金属再生は何も新しい技術ではなく、数千年前から人類が脈々と続けて来たもの。金森合金も歴史を遡れば、江戸時代の蝦夷(現在の北海道)開拓時代に北前船の交易として、蝦夷地にあった銅屑を安く回収し、それを精錬・鋳造して新たな製品で交易する事業を展開していたという。「資源が不足する今の時代にあって、金属を溶かしてまた新しい製品を作るというのは強みがあると思っています。うちの場合は1個からでも作ることができるので、極力在庫を持たずに製品を供給できる体制も可能になるんです」

金森合金における金属再生は、昭和の時代にも大きく動いた。それが新聞の印刷に使われたアルミ刷版を地元の新聞社の工場から仕入れ、それを使ったアルミ製品を作る循環で、現在も毎月約2〜3トンの廃棄アルミ刷版を仕入れ、鋳造に使用している。この地域循環型の“マイクロサイクル”も、エネルギーロスを削減目標に掲げる現代に非常にマッチしている。

リアル“下町ロケット”な工場が目指すもの

そんな循環型の金属精錬を地元・金沢にも伝えていく中で、2023年春にはさらにユニークな取り組みが世界的ホテルチェーン、ハイアットのブランド「ハイアット セントリック 金沢」と始まった。

「ハイアットさんではそれぞれの都市のホテルがSDGsの取り組みを課題として進めているのですが、金沢のハイアットでもお客様に提供しているミネラルウォーターのアルミ缶の廃棄に悩んでいらっしゃったそうで、それをうちで回収してホテルの食器として使えるアルミの箸置きやお皿に変える提案をして実現に至りました」


廃棄したアルミ缶から生まれた食器たち。「自分たちで捨てていたものが、自分たちが使えるものとしてまた戻ってくるのがすごく嬉しい」と喜んでいただけたそう

現在はホテルで出たアルミ缶を食器類にするという2社間の循環だが、この取り組みの延長には、例えば地元の自治体の要望に応えるような別の製品に循環することも視野に入れていると高下さんは展望を語ってくれた。

「私がやってみたいのは、“金属資源の生態系”のプラットフォームなんです。金属廃材を溶かして、オーダーメイドのように製品を作ることはもちろん、『今、家にこんな金属が余っている』というものを回収して、その方の希望する商品に作り変えるようなシステムです」


取材当時、RE/SAUCE Projectと共同制作したペンスタンドはデザイン化の途中だった


完成したペンスタンド。砂型鋳造独特のしっかりとした重厚感と手触りがあり、ペンが触れたときの音まで楽しめる。ペーパーウェイトやインテリアとしても

もちろんこうしたことも、金属の精錬から製造までを高い精度で実現できる金森合金の技術力があってこそ可能な話。実は金森合金は、2006年から人工衛星打ち上げ用の日本のロケット部品素材を製造しており、それはH2Aロケットや現在のH3ロケットでも採用されている。江戸から続く事業、そして昭和の時代から変わらない製造法に工場、まさに究極的に「下町ロケット」を地で行く工場が、今の時代に必要とされる鋳物業を模索している。

「現在資源の高騰などもあって、鋳物業を廃業する会社さんも増えているのですが、こんな町工場でも宇宙に関わっていることを誇りに、鋳物業に明るい未来をつくりたいと思っています」と語る高下さん。SDGsが重視される現代にあって、女性目線も加わった鋳物業の進化に目が離せそうもない。

【編集後記】
砂型鋳造は古くから受け継がれてきた技法ではあるけれど、現代のクリエイティブの突破口となる多くの可能性を秘めていると感じました。ペンスタンドにお皿、金属資源の新たなプラットフォームまで、他業種と共同しながら自由な発想でものづくりを楽しむ高下さん。これからどんな「コラボ」を見せてくださるのか、期待に胸が膨らみます。

PROFILE
金森合金KANAMORI ALLOY | KAMAHACHI
1611年、加賀藩主・前田利長の命により集められた「鋳物師七人衆」のひとり、金森弥右衛門に端を発し、1714年に金森八郎右衛門が釜八という屋号で鋳物商を創業。金沢の地に拠点を移し、アルミ、銅、錫、鉛を精錬、鋳造可能な工場として稼働しており、ロケット部品の製造まで行っている。24代目の高下裕子さんは1986年生まれ。東京の広告代理店に勤務ののち、2016年に家業に従事し、ヒット商品も開発している。

Location : 石川県金沢市松村 6丁目 100番地
初出:「RE/SAUCE Magazine Vol.1」株式会社創藝社
(撮影:田川智彦、取材・執筆:武井幸久、コーディネーション:HAL.カトー)
再編集:都恋堂

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